続かないブランドは必ず「山」がある。
本来のブランドは「凪」である。
固いブランドの正体と、脆いブランドの差とは
2026.01

固いブランドの正体と、脆いブランドの差とは

2026.01.01

明けましておめでとうございます。
昨年もお陰様で、どうにか1年を過ごすことが出来ました。

振り返ってみれば、昨年は「周囲から見ても強烈」と映ったであろう一年でした。

3月頃からNewsPicksの「認定エキスパート」という新制度の第一陣としてメディアに顔を出すようになり、同時期に大前研一先生のBBT大学から「With AIマーケティング戦略キャンプ」の講師オファーも頂きました。

いずれも「未踏の領域」ではありつつも、「やってみる素地」はあったはずだと思い挑戦し、どうにかやり切れました。

外から見える分だけ派手にも映ったと思いますが、その実、やっていたことは「平常運転の延長」でもありました。

だからこそ当初は一定のストレスもありましたが、実によく馴染みましたし、年の後半にはダイビングなど「新しいチャレンジ」に踏み出す余裕も生まれました。

このあたり、自分としては「固め」のブランディングが出来た一年だったと思っています。

なぜなら、私が「固め」のブランディングとして構築しているものには、3つの特徴があるからです。

1.一度積み上げたものが、簡単にはゼロに戻らないこと
2.維持のためのコストよりも、そこから生まれるリターンが明らかに大きいこと
3.時間とともに価値が目減りするどころか、むしろ蓄積によって効き目が増していくこと

世の中には「派手でインパクトの大きい露出」は星の数ほどありますが、それらの多くは上記3つを満たしていません。私はそれらを「脆い」と考えており、Marketer’s Brainの指導先でも常々「そう、ならないように」コンサルティングを進めています。

多くの方は、終わってみれば「そちらの方が良い」と思われるはずです。
しかし、実際にそれをやり切るのは簡単ではない。

さて、それらは「何が違う」のでしょうか。
今日は、この2つのブランディングについて踏み込んで考えてみたいと思います。

 

▼失敗の本質は、自らの「アンカリング」にある

ブランドの「脆さ」を測る考え方は、実はシンプルです。

多くのブランディングが壊れ、苦しむ原因の多くは、「最も盛り上がった時の自ら」にアンカリングすることで、「それに満たない自分は成功していない」という自己評価に縛られることにあります。

これが、「名誉の先取り」をした人間が苦しみやすい痛点です。

個人に置き換えると分かりやすいのですが、たとえば「過去の肩書」「過去の偉業」など、話が(一定以上)過去の、特に単一のケースに落ちる人はこれに準拠します。また「過去の肩書から抜け出せない人」も同様です。

言い換えるなら、プロであるにもかかわらず「いまの自分の肩書だけで勝負しきれない状態」です。

例として、私の場合なら「独立後、上場企業7社を含む公開実績(案件数)、BBT大学での講師、NewsPicksでの認定エキスパート活動」等を書くことは出来ますし、一定「おお」となるかもしれません。

しかし見て頂きたいのは、ここに「過去の看板」を混ぜず、基本的に“現在形(独立後)”の実績だけで書いている点です。これが「自らの足で立つ」ということです。つまり、「地に足」がついている。

同様に、商材やサービスも「一世を風靡し、話題を独占したもの」ほど、勢いを落とす様子は顕著に現れます。「一発屋」という言葉がある通りです。

これは「高くなったところから落ちるから」に尽きるでしょう。土台よりも、盛り上がりが先に立っている。

その結果、当人は「この業界は終わった」「時代は変わった」などの警鐘を鳴らすのですが、話が逆で、それらの多くはシンプルに「自らのOSのアップデートが時代に追い付かなくなった」だけのことです。

そして残念なことに、それが“警鐘”ではなく、受け手からは“愚痴”に見えてしまう局面もある。当人はそのことに気づけず、むしろ過去の実績ゆえに「周囲の方がおかしい」と感じてしまうことすらあります。

しかし、過去の成功体験というレンズからしか物を見られないまま、上段から世間に吐き出せば、モノやサービスは売れず、個人なら「最初は一定『学びがある』と処理されながら、徐々に人が離れていく」という構図になりやすい。

この連鎖が、「凄かったと思われていたものが、瓦解する構造」を生み出していきます。

すべては「地に足が付いていない」ことから生じたアンカリング――自己認識の錯覚資産――がもたらした悲劇。私はそう整理しています。

※企業で起こるアンカリングも本質は同じです。過去の主力商品、過去の広告成功、過去の“社内で英雄視された勝ちパターン”に縛られるほど、変化への適応は遅れます。

 

▼正しいブランディングも、本来地味

弊社は、マーケティングもブランディングも基本的に「同じ路線」を貫いていますが、そろそろこの分野は「持続可能性」というものをキーワードに入れるべきでしょう。

つまり、私のような個人のプロフェッショナルなら、「平常時の自分の身の丈が、結果的に社会に正しく評価され、食えていけている」という順序です。

しかし、ここに1つのパラドックスが存在することもまた事実です。

実際、やってみて分かったのですが、ブランディングにおいて上記のような「それ」が形成される頃には、「資産はもう十分」と言えるくらい、時間が掛かってしまう。つまり、あらためて「私は凄いのだ!」と叫ぶ必要性(公的ブランディングの必要性)が薄れていくのです。

「怠惰を求めて勤勉に行き着く」と言いますが、皮肉なことに、「地道に形成する土台」がブランディングには必要なのに、それが出来た頃には、ブランディング向上に関する行為そのものが不要に見える局面が来る。

なぜならもう、「ブランドがそこにある」からです。

 

▼では、どうすべきか

結論はシンプルです。

身の丈を正しく理解し、正しい事を正しく実直に行うのみです。マーケティングにもブランディングにも「コスパ・タイパ最強の攻略法」など存在しません。
本当に分かっている人は、そういう事をしません。

ちなみに、少し面白い話をすると、マーケティングを深く理解している人ほど、(他人から言われるならまだしも)自らを単なる「マーケター」などとは名乗りません。

なぜなら、この名称ほど「比較級で戦うことになり、誤解を招きやすく、使うだけでレッドオーシャンに足を突っ込む」名前も早々ないからです(たとえば私なら「受注プロセス戦略コンサルタント」と名乗る方が、よほど差別化が利きます)。

という訳で、世の中には「マーケティング論」が横行していますが、商いの原理原則が太古の時代から変わらない以上、AIが登場しようが技術が革新しようが、やることは根本的には変わらないはずで、どこまで行っても「原理原則の地道な積み上げ」が正解になってしまいます。

脆いブランディングの本当に怖いところは、「アンカリングした自分を認めて捨てる」ことが出来ない点です。特に著名なものほど「本当はこんなはずじゃない」というジレンマに苦しみます(しかし実際には、その積み上げ方をした以上、現状は必然でもあります)。

そして、過去の「アンカリング」の位置が高い人ほど、そこに費やした「サンクコスト」に引っ張られ「私にはやはり何もありませんでした。心機一転、ゼロ(過去の累積はむしろマイナス)から出直します」とは言えません。

その損失は、自死(ブランディングのゼロからの再スタート)を意味するからでしょう。

しかし、実は、それを「ゼロである」と認識してから、一歩目が始まる。

いつも述べていますが、いま、これだけ肩書や実績が並ぶ弊社Webサイトも「8年前は白紙だった」訳ですし、私は独立の際、すべてを失っていました。実際、会社員時代の過去の人脈は95%以上が「あいつは勘違い野郎でオワコン」と私を認識していたはずです。連絡が希薄になり、冷ややかな目で見ており、どうせ失敗するでしょ?と心の何処かでニヤついている。

しかし、実際に経験した私ですら「確かに世の中、そんなもんだ。私だってそう思う」と思いますから、仕方がないんです。

もし、それを「違う」というのなら、自らの手で証明するほかありません。
その際に「お前の可能性は本物だ」と信じてくれる人が本当に一握りだけいて、それでも、その崖は自分の手で登らないといけない。

また、その際に「元〇〇!」みたいな(主にメディアの力を借りた)派手な下駄をメインエンジンにして乗り切らないことが、皮肉にも「未来の貴方」をより強固にし、どんな時代が来ても乗りこなせる強固な基盤を構築します。

下駄を履く行為は、確実に「その瞬間を楽に」しますが、いつか必ず、「返済の日」を利息付きで迫られることになります。

なぜなら、その人が最も苦労しなければならない「虚無の淵から、自らの両の足のみで立ち上がった」という、絶対に欠かせない自己形成のプロセスを踏んでいないからです。

断言しましょう、この「経験の差」は天地ほどあります。これが出来ていない人は、いつまでも「借りてしまったもの」から逃れられません。永遠の貸しを「何か」に創ることになる。その先にあるのは「忖度」であり、自由から最も遠いものです。

だから、やるなら「自らに帰属する事」こそが、最も地道で厳しくも、最もブランディングを固定化させるのです。

ブランディングは、一日にして成るものではありません。
個人も企業も、「平常時の自分たちの当たり前」が、静かに、しかし確実に評価されている状態をつくるには時間が掛かります。

そして、その積み上げを邪魔するのは、多くの場合、外部環境ではなく、自分たち自身のアンカリングです。
過去の成功に寄りかかるのか、それとも、いまの自分たちの足場からもう一段積み上げていくのか。

2026年が、皆様の企業にとって「地に足のついた、長く効くブランド」を一歩ずつ形成していく一年となることを、心から願っています。