結論はシンプルです。
身の丈を正しく理解し、正しい事を正しく実直に行うのみです。マーケティングにもブランディングにも「コスパ・タイパ最強の攻略法」など存在しません。
本当に分かっている人は、そういう事をしません。
ちなみに、少し面白い話をすると、マーケティングを深く理解している人ほど、(他人から言われるならまだしも)自らを単なる「マーケター」などとは名乗りません。
なぜなら、この名称ほど「比較級で戦うことになり、誤解を招きやすく、使うだけでレッドオーシャンに足を突っ込む」名前も早々ないからです(たとえば私なら「受注プロセス戦略コンサルタント」と名乗る方が、よほど差別化が利きます)。
という訳で、世の中には「マーケティング論」が横行していますが、商いの原理原則が太古の時代から変わらない以上、AIが登場しようが技術が革新しようが、やることは根本的には変わらないはずで、どこまで行っても「原理原則の地道な積み上げ」が正解になってしまいます。
脆いブランディングの本当に怖いところは、「アンカリングした自分を認めて捨てる」ことが出来ない点です。特に著名なものほど「本当はこんなはずじゃない」というジレンマに苦しみます(しかし実際には、その積み上げ方をした以上、現状は必然でもあります)。
そして、過去の「アンカリング」の位置が高い人ほど、そこに費やした「サンクコスト」に引っ張られ「私にはやはり何もありませんでした。心機一転、ゼロ(過去の累積はむしろマイナス)から出直します」とは言えません。
その損失は、自死(ブランディングのゼロからの再スタート)を意味するからでしょう。
しかし、実は、それを「ゼロである」と認識してから、一歩目が始まる。
いつも述べていますが、いま、これだけ肩書や実績が並ぶ弊社Webサイトも「8年前は白紙だった」訳ですし、私は独立の際、すべてを失っていました。実際、会社員時代の過去の人脈は95%以上が「あいつは勘違い野郎でオワコン」と私を認識していたはずです。連絡が希薄になり、冷ややかな目で見ており、どうせ失敗するでしょ?と心の何処かでニヤついている。
しかし、実際に経験した私ですら「確かに世の中、そんなもんだ。私だってそう思う」と思いますから、仕方がないんです。
もし、それを「違う」というのなら、自らの手で証明するほかありません。
その際に「お前の可能性は本物だ」と信じてくれる人が本当に一握りだけいて、それでも、その崖は自分の手で登らないといけない。
また、その際に「元〇〇!」みたいな(主にメディアの力を借りた)派手な下駄をメインエンジンにして乗り切らないことが、皮肉にも「未来の貴方」をより強固にし、どんな時代が来ても乗りこなせる強固な基盤を構築します。
下駄を履く行為は、確実に「その瞬間を楽に」しますが、いつか必ず、「返済の日」を利息付きで迫られることになります。
なぜなら、その人が最も苦労しなければならない「虚無の淵から、自らの両の足のみで立ち上がった」という、絶対に欠かせない自己形成のプロセスを踏んでいないからです。
断言しましょう、この「経験の差」は天地ほどあります。これが出来ていない人は、いつまでも「借りてしまったもの」から逃れられません。永遠の貸しを「何か」に創ることになる。その先にあるのは「忖度」であり、自由から最も遠いものです。
だから、やるなら「自らに帰属する事」こそが、最も地道で厳しくも、最もブランディングを固定化させるのです。
ブランディングは、一日にして成るものではありません。
個人も企業も、「平常時の自分たちの当たり前」が、静かに、しかし確実に評価されている状態をつくるには時間が掛かります。
そして、その積み上げを邪魔するのは、多くの場合、外部環境ではなく、自分たち自身のアンカリングです。
過去の成功に寄りかかるのか、それとも、いまの自分たちの足場からもう一段積み上げていくのか。
2026年が、皆様の企業にとって「地に足のついた、長く効くブランド」を一歩ずつ形成していく一年となることを、心から願っています。