メディア等で祭り上げられる
最新のメソッドが与えたい最大の印象は、
「凄いに違いない」という期待ではなく、
「難しそう」というイメージかもしれない。
2026.06

マーケティング業界で「横文字が量産」される構造

2026.06.01

先日、Newspicks上で投稿したコメントが、ありがたいことに多くの方の関心を集めました。

▼該当コメント
https://newspicks.com/news/16656823/body/

ご一読くださった皆様に、まずは感謝を申し上げます。

私が思うに、ここで触れた構造は、SaaS業界に限らず、長年マーケティング業界が繰り返してきた「歴史」そのものです。
本日は、多くの企業様がこの業界の構造を「見極める」ための判断軸という文脈で、少し整理してみたいと思います。

▼ワードの「お着替え」が繰り返される業界

マーケティング業界には、ある種の「習性」のようなものがあります。
それは、定期的に新しい言葉が量産される、という習性です。

分かりやすい例を挙げますと、かつて「DMP(Data Management Platform)」というワードが企業の関心を集めた時期がありました。データ統合・活用の文脈で「次世代の必須インフラ」のような扱いを受け、業界の話題をさらいました。

しかし、現在、同じ領域は「CDP(Customer Data Platform)」と名を変え、再び「次世代」として語られています。仔細に機能を比較すれば、両者の本質的な近接性は明白です。

これと似たような現象は、リード起点の各種ワード、マーケティングオートメーション系のワード、そして昨今ではAI活用の枕詞をかぶせた派生語に至るまで、業界を貫いて連綿と続いています。

なぜ、このような「ワードのお着替え」が起きるのか。そこにあるのは、ある種の「不都合な真実」です。

▼「お着替え」が止まらない側の事情

では、なぜ業界はこの「お着替え」を繰り返すのでしょうか。

理由はシンプルで、それは「売り続ける」ことを目的化した側にとって「新しい言葉が必要だから」です。

新しい言葉が投入されることで「次のトレンド」が生まれ、それに乗ることが「進化」と見なされる。そして、その新しい言葉に対応した新しいツールや、新しい支援サービスが組み立てられ、市場に投入される。メディアがそれを取り上げ、コンサルがその解説を行い、ツールベンダーが販売パートナーを介して広げていく──この連環で「お着替え」は機能しています。

たとえば、まずTHE MODELのような優れた「概念」を成功事例とともに啓蒙し、業界メディアを通じて「それが実現できれば素晴らしい」という共通認識を形成する。

そして「しかし実装は難しいでしょう。我々なら支援できます」と障壁を強調し、自社が推進するツールの必然性に着地させる。

つまり、「海外の快進撃」「有名企業の成功の秘密」といった権威付けを起点に、流布されたのは「メソッド」そのものではなく、「素晴らしいが、難しいに違いない」という前提側です。

これは、先月のコラムでも触れた「足し算が止まらなくなる構造」とまったく同じ景色です。あれもやろう、これも足そう、と止められなくなった側にとっては、お着替えされた新しい言葉こそが、次の「足し算の材料」になります。

「刷新」のイメージをまといながら、実態としてやっていることは、過去と地続きで変わらない──そういう光景が、いつまでも繰り返されている。これが業界の構造です。

 

▼本当に優れた概念は「ひとつ」でも戦える

ここで、立ち止まって考えてみたいことがあります。

それは、「もし、そのワードが本当に優れた概念であるならば、それ1つで戦うことは十分に可能なのではないか」という問いです。
正直に申し上げますと、弊社は創業から7年の間、「受注プロセス戦略🄬」というたった一つの概念だけを軸に歩んでまいりました。新しい言葉を増やす必要を感じたことは、ただの一度もありません。

なぜなら、優れたブランドの核となる概念は、「手段」ではなく「戦略」の上位概念だからです。

昨今登場したAIの世界観が既存ベンダーに突きつけたのは、「最適解」と言いながら、実際にはオーダーメイドではなく、既製品の服を全員に合わせようとしてきたのではないか、という問いです。いわば「トンカチを持つと、すべてが釘に見える」構造です。

セールスシステムも、マーケティングオートメーションツールも、THE MODELに代表される各種のメソッドも、これらはすべて「手段」の話をしています(「THE MODELが戦術だって?」と思う人は、その前提にある「企業理念」や「組織文化」を見落としています)。

もちろん、手段は確かに重要です。しかし、手段だけが先行すると、何が起きるのか。
──戦略から戦術が決まり、その中には当然「やらない」という選択肢も含まれる、という当たり前の構造が見えなくなります。

ツールベンダーや、その販売パートナーは、構造上「使うことありき」でマーケティングを組み立てざるを得ません。「やらない」という選択肢を持つことは、彼らのビジネスモデルとは整合しないからです。

その結果、本来そこにあるべき「顧客のためのマーケティング」が、いつのまにか「自社のサービスを売るためのマーケティング」にすり替わっていく。これが、多くの企業様が「マーケティングに注力すればするほど、何か違う方向に向かっている気がする」と感じる、感覚の正体だと思います。

本質をとらえたとき、その本質は「普遍」を手にすることができます。

たとえば、ルイ・ヴィトンのモノグラムや、エルメスのオータクロアといった存在は、正しいブランディングの上に、100年を超える歴史の中で生き残っています。つまり、「新しいものが必ずしも正義ではない」ことは、歴史が証明しています。

このように、既定の前提が崩れた時、ベンダーの「自分たちはその分野のプロである」という言葉には、「ただし、特定ツールに依存する限り」という限定詞が、静かに付されることになります。

新しい言葉を追うマーケティングと、受注という終点から逆算するマーケティング。

多数派であることが正しいのではありません。最適解を選べる企業だけが、結果を出す──それは、「顧客に真に適合できるビジネスモデルを持っているのか」というシンプルな結論にしか収束しないのではないでしょうか。