この言葉に、どこか身に覚えがあると、しばらく考えていました。
そして先日、その理由に気づきました。
何のことはない。
私が企業のマーケティング責任者として働いていた頃、部下によく投げかけていた言葉だったのです。
・代理店から持ち込まれた新しい企画。
・セミナーを聴講した部下からの提案。
・他社で成功したという新しいメソッド。
ひととおり説明を聞いたあと、私はよく、
「で、それが、なぜ『うち』に必要なの?」と尋ねていました。
すると、提案していた本人が、熱から少し冷めます。
そして、
「あれ、なぜ必要だと思ったのだろう」
と、改めて考え始めます。
これは、提案を否定するための問いではありません。
流行や成功事例から一度距離を置き、自社の目的へ戻るための問いです。
こうした「引き算」を継続的に提案できる支援者は、決して多くありません。
結局、信頼とは、このような積み重ねの先に生まれるものなのだと思います。
弊社の支援が、業種や企業規模をまたいでも比較的高い再現性を持つ理由は、特別な施策を大量に持っているからではありません。その企業に似合う戦略を構築し、その企業自身が戦える状態をつくるからです。
そして、それは突き詰めれば、「やらないことを選ぶ」作業でもあります。
近年、BtoBマーケティングの議論も、リード獲得やリード育成の量から、商談や受注との接続へ重心を移しつつあります。
これは望ましい変化だと思います。
なお、「リードジェネレーションもリードナーチャリングも不要だ」という極端な議論も見かけますが、私はそうは考えていません。どちらも、受注に必要であれば使うべき手段です。
ただし、それら自体が目的ではありません。あくまで、受注に至るための手段です。
この前提を履き違えると、本来は手段であるものを「必要か、不要か」という二項対立だけで論じる、短絡的な議論に陥ってしまいます。
受注を最終目的に置けば、リード数や商談数は、そこへ至る中間指標として整理されます。
そして、受注を本気で目指した瞬間、次の問いが生まれます。
「これまでやってきた施策は、本当にすべて必要なのか」
という問いです。
真に受注を目指すマーケティングは、最終的に「やらないことを決める」行為へ行き着きます。
私は、それを「セレクションマーケティング」と呼んでいます。
貴社に「格好いい服」を選ぶのではなく、「似合う服」を選ぶこと。
場合によっては、
「マーケティング部長が、すべての指揮を執る必要はありません」
というように、従来の常識そのものを手放すこともあります。
それは、一部の支援事業者にとっては不都合な結論かもしれません。
しかし、そこを超えなければ、受注を起点としたマーケティングは生まれません。
そして、AI時代には、この判断がますます重要になります。
AIの進化によって、マーケティングにおける「足し算」のコストは、急速に下がっています。
・文章をつくる。
・広告案を増やす。
・データを分析する。
・顧客への連絡を自動化する。
これまで人手を要した多くの施策が、容易に実行できるようになりました。
ただし、一般的なAIの使い方は、与えられた前提の中で、「どう実行するか」を考える方向に寄りやすいものです。
施策案を増やし、改善案を加え、実行を効率化する。
つまり、問いを置かなければ、AIはマーケティングの「足し算」をさらに加速させます。
たとえば、家計や今後の予定まで共有されたAIに、「次の休みに、ハワイへ行きたい」と相談したとします。
そのAIなら、
「その旅行を選ぶと、年末に予定している旅行の予算が足りなくなります」
と指摘してくれるかもしれません。
しかし、そうした前提を与えず、ただ「ハワイへ行きたい」と伝えれば、AIはおそらく、条件に合った最高の旅行プランを用意してくれるでしょう。
つまり、たとえAIでも前提や優先順位が共有されていなければ、「引き算」の提案は成立しにくいのです。
だからこそ、人間が先に問わなければなりません。
「それは、そもそも今やるべきことなのか」
この判断には、企業の目的、優先順位、使える資源、現場の負荷といった文脈が必要です。
AIが悪いのではありません。
何をつくらせるかを決める前に、何をつくらないかを決める必要があるのです。
AI時代に希少になるのは、「何ができるか」ではありません。
・何を選ばないか。
・何を始めないか。
・何を自動化しないか。
限られた人、時間、予算を守るために、
「それは、いまやらなくてよい」と言えることです。
もちろん、必要なのは、理由のない否定ではありません。
企業の現在地と目的に照らして、
「なぜ、いまはやらなくてよいのか」
まで示せることです。
改めて、お尋ねします。
あなたの支援パートナーは、
「それは、そもそもやらなくていい」
と言ってくれますか。